2011年7月3日日曜日




6月27日  パート1 @オラデア、ルーマニア
 一夜明けたルーマニア生活2日目の朝は、なぜか裏庭での卓球大会に参加することに。犬のウルサがお昼寝する中、白球を追う大人たち。
 渇いたのどを潤わせてくれるのは、庭の果物たちだ。もぎたてのラズベリーを口に入れていると隣の家の姉弟が話しかけてきた。いっしょにラズベリーを頬張り、口いっぱいの甘酸っぱい香りに目を細めあった。
6月26日 @ブダペスト、ハンガリー→オラデア、ルーマニア
 今回の旅の目的のうちの1つがポズナンのストリート・マガジン『Gazeta Uliczna』のスタッフ、ダグマラの結婚式に出席することだとしたら、それと双璧を成すのが、ルーマニア・オラデアの医学部に通う友人Mを訪ねることだった。
 Mは元々母との友人で、何度か家に遊びに来てくれるうちに仲良くなった。4年前に家に寄ってくれた時には、ルーマニアでの医学生生活を顔を輝かせて話してくれた彼女。07年1月にEU入りしたこの国で医師免許を取ると、EU内で通用することもこの時初めて知った。
 それから3年後には同じ大学に通っていたルーマニア人男性と結婚したという知らせが舞い込んだ。それで、何だか俄然ルーマニアという国への興味がわいてしまったのだ。
 M家に到着すると、だんなさん、2人の弟さん、ご両親、遊びに来ていたいとこくん、猫のチチさん家族、2カ月歳の犬のウルサと大家族がウェルカム。庭にはラズベリー、桃、さくらんぼ、ぶどう、ナッツ、ナス、トマト、キャベツと大地の恵みが鈴なりで、2階建てのお家は、なんと男性陣で建てたのだという。
裏庭で収穫したばかりのえごまの葉でくるんだBBQをいただきながら、ルーマニアという国への興味は増すばかりなのでした。

2011年7月1日金曜日


6月25日 パート2 @ハンガリー、ブダペスト
手元のガイドブックによると、今ハンガリーでは廃墟カフェが流行っているらしいのです。そんなわけで、現地のストリート・マガジン『Flaszter』のスタッフのチャバに、その1つ「Szimpla Kert」に連れて行ってもらうことにしました。
ブダペスト市内の6区、7区では、取り壊される予定だった建物を中心に、8~9年前にカフェ文化が花開いたといいます。
「ここだよ」と指示された場所は、秘密基地のような雰囲気をぷんぷんにおわせている不思議空間。一つとして同じもののない椅子や、天井からぶら下げられた自転車、無造作に置かれた車体など整合性のないインテリアが心地いい。熟成味を帯びて感じよく朽ちている壁の赤レンガと妙にマッチしています。
 この空間、アムステルダムで出会ったハンガリー出身のバンド「kinga and the very good band」の音楽とすごくあうだろうなぁー、とふと思いました。ジプシー音楽を奏でる彼ら、哀愁を帯びたキンガの歌声と弦楽との絡みが何とも琴線に触れます。
 昼間なので、人はまばらでしたが、週末の夜ともなると、地元の人から観光客まであふれんばかりに人が集まってくるといいます。
 劣化しないのが当たり前のデジタル時代だからこそ、朽ちていくものがいとおしいのかもしれないなぁ・・・・・・そんなことを考えた帰る道でした。

6月25日 パート1 @ハンガリー、ブダペスト
 ブダペストのストリート・マガジン『Flaszter』のスタッフ、チャバは、ソーシャル・ワーカーとしてこの雑誌とかかわってきた。
「本当は社会学者になりたかったんだ」と笑うが、毎日顔を合わせているだろう販売者さんと、まるで久方ぶりにあったかのように固い握手を交わす彼を見ていると、チャバにはこの仕事がとても合っていると思う。
 ドナウの真珠ともうたわれるこの美しい街で、近頃、公園で寝ると罰金を科されるという条例ができたという。「今じゃ、ブダペストで野宿すると、ドナウ川沿いの高級ホテル並みのお金を取られるということだよ」とチャバは皮肉る。ハンガリー第2の都市デブレツェンでは、ストリート・ミュージシャンをはじめ露店も禁じられたという。
 王宮をはじめ歴史的建造物の立ち並ぶ丘陵地帯「ブダ」と商業・政治の中心である平坦地「ペスト」の中央を悠々と流れるドナウ川。川沿いを走る2番のトラムに揺られながら、複雑な思いで大河の水面を見つめた。

2011年6月25日土曜日


6月24日 パート2 @ハンガリー、ブダペスト
 約束の時間に1時間遅れたことを謝ると、「電車が遅れるのは、東欧の伝統だから仕方ないよ」と、ブダペストのストリート・マガジン『フラスター』のスタッフ、チャバと販売者のゾルタンが迎えてくれた。
 早速ゾルタンに話を聞く。96年からハンガリー第3の都市ミシュコルツでストリート・マガジン販売の仕事を始めた彼は、「アルコールによってすべてを失いました」と語る。仕事、家族、家・・・すべてが彼のもとから去って行った。
 雑誌販売によって現在はアパートの一室を借りているゾルタンは、実は2年前に2人の娘との再会も果たした。「共通の知り合いが、『ゾルタンはもうアルコール依存症ではなく、新しい仕事も見つけたようだよ』って娘たちに知らせてくれてね。とてもうれしかったよ」。一度はすべて失った。でもまた、時間をかけて、1つずつ築きなおす。2人の娘のことを語るとき、ゾルタンは初めて笑顔を見せてくれた。
6月24日 パート1 @ブラティスラバ、スロバキア→ハンガリー、ブダペスト
 今日は移動日!と勢い込んでホテルを出たものの、駅についてみると電車が1時間の遅れとのこと・・・脱力・・・。
 仕方がないので、駅の階段に腰掛け、旅のおともにもってきていたロバート・キャパの『ちょっとピンボケ』(文春文庫)を紐解く。しょっぱなから彼独特のユーモアに引きこまれて、前景にあった駅のざわめきがすーっと後ろに引いていった。
「報道写真家でありながら同時に、優しい心を失わないでいることの難しさについて自問自答」するくだりを読む頃には、電車は無事ブダペストに向けて出発していた。
 それにしても、キャパの悩む姿が美しいなぁー、と思う。「写真屋! どんな気で写真がとれるんだ!」と言われて、「自分を嫌悪し、この職業を憎」む。そうやって揺れる心に、真摯に人生に向き合っている感じがよく出ていて、なんだかとても励まされる思いがした。
 そういえば、と、旅のはじめにソウルで、友人のSが語った「確固たる何かを築いて何事にも動じない人よりも、傷つきやすくてもろい人に、どうしても引かれてしまうんだよね」という言葉を思いだしながら、車窓の緑を目で追った。


6月22日 パート2 @ブラティスラバ、スロバキア
 夜7時。『ノタベネ』誌のズザと2人、ある舞台を見に出かけた。その名も「クカパカ(KUKA PACA)」。
 暗がりの中に人影が現れたかと思うと、一言こう叫ぶ。「人生はゲームだ」。またある人影はこう叫ぶ。「人生は痛みを伴う」。そして続々7人がそれぞれの人生の箴言を吐いた後、ライトは客席を照らし、こう問いかける。「それで、君はどこにいるんだい?」
 その後繰り広げられるのは、1組の夫婦の会話劇や、孤独を抱えて犬にしか自分の思いを話せない中年女性の繰り言、心の痛みを吐露する若者のラップ・・・それぞれの生き様がモザイクのように映し出される。
今年5月に5周年を祝ったばかりの「クカパカ」。その俳優陣は、皆ホームレス状態の人々で、そのほとんどが『ノタベネ』誌の販売者さんたち。今回が3回目の参加だというエルカが演じたのは、犬にしか自分の心の思いを話せない女性。「あれは、私の本当の姿なの。いまだに人に対して自分の考えを話すのが怖いのよ」と語る。「でもね」と傍らのズザが続ける。「エルカの書いた脚本が次回作に使われることが決まっているのよ」。すばらしい!
アーティストとしてこの俳優陣たちとかかわるパトリックはこう語る。「彼らの表現方法はとてもダイレクトでシンプル。どうやって人生を生き抜いていくかを知り尽くしているように感じます。台詞は全部オリジナルで彼ら自身が考えているのですが、その表現のプロセスにかかわれるなんて、これほどうれしいことはありません」。自身のアーティスト活動にも、大きな影響を受けているという。
30分強の劇の後には、俳優陣たちと観客とで話の輪が幾重にもできていた。