2011年6月8日水曜日

6月5日 パート1 @ベルリン
 Nくんとはインターン先が同じだった。現在彼は、ベルリンで、太陽光発電開発の会社に勤めている。あまりにもタイムリーなこの時期に、再会を果たすことになったため、話題がどうしても原発の話になってしまう。
 Nくんによると、3・11以降、ドイツのメルケル政権は脱原発路線を表明。特に、保守の牙城だったドイツ南西部バーデン・ヴュルテンベルク州議会で、緑の党が圧勝し、ドイツ初の緑の党の州首相誕生すると、脱原発路線への追い風に。6月6日には、2022年末までにドイツ国内の全原発を廃止することを定めた原子力法改正案を含む10の法案が閣議決定された。
目を見張る即決っぷりに思わずブラボーと言いたくなった。もちろんここに至るまでに市民も何万人規模のデモをしており、Nくん自身も参加したと語る。ちなみに、ドイツの電力供給は昨年末で原子力が22%、水力や風力、太陽光などの自然エネルギーは16%。政府は原発を順次廃止する一方で、自然エネルギーの比率をさらに上げ、節電も進めていくという。
 そういえば、ミュンヘンの社会的企業「ディナモ」で話を聞いた代表のカリンさんからも、「日本でも原発反対のデモをしている様子をテレビで見たわよ。海の向こうから応援しているわよ」と声をかけられた。そして、彼女自身、25年前のチェルノブイリで「知らぬ存ぜぬ」「直ちに影響はない」を繰り返すドイツ政府にすっかり幻滅した経験があることから、今回の日本政府の対応はまるでデジャヴュのようだったと語る。
 でも、人も組織も変われる。25年前とは違う道を歩もうと決断したドイツ政府。市民が政府を動かした。
6月4日 @ミュンヘン、ドイツ→ベルリン
 6月4日の朝は二度明けた。
9時55分発の電車に乗るためには、7時半に起きて・・・と前夜考えて床についたのだが、朝起きて時計を見ると、腕時計が10:09を示している!! きょえーっっとがばっと飛び起き、どうやって次の電車に乗ろうか、寝起きの頭で考えながら顔を洗って、バジャマを脱いだ。・・・が、何かおかしい・・・なんだか空が10時9分の空ではない気がする・・・。
再度腕時計を確かめると、なんと10:09の逆さまの06:01だった・・・脱力・・・。二度寝の末、無事7時半に二度目の6月4日の朝が明けた。
6時間の電車の旅を終えて、無事ベルリンに到着。

2011年6月6日月曜日




6月3日 パート3 @ミュンヘン、ドイツ
 路上から墓場まで―――『BISS』方式を可能にしているのは、三本柱の最後の1つである、「ゴッド・ファーザー」制度があげられる。
 これは、個人や会社が寄付を表明した場合、彼らの寄付によって、雇用された販売者さんの給料を払っていくというものだ。『BISS』 の誌面では、毎号1ページが割かれ、現在いる36人のゴッド・ファーザーと雇用販売者を紹介している。例えば、前述の販売者マーティンは、アントニー・ツォウナー・スティフトゥングというゴッド・ファーザーがいる。販売者はゴッド・ファーザーに会うもあわないも自由。ヒルデガルドによると、ゴッド・ファーザーへ感謝の意を表す責任があるのは販売者ではなく、『BISS』 誌だということを、初めに明確にしているとのこと。
 市民と市民がともに人間関係を結びなおすゴッド・ファーザーのシステム。マーティンの穏やかな顔を見ていると、生涯の「居場所」を確保できると、人はここまでリラックスできるんだなぁ、と感じる。
 販売者のことを一番に考えてきたヒルデガルドの17年。『BISS』の文化は、ミュンヘンの地で確実に根を張りつつある。


6月3日 パート2 @ミュンヘン、ドイツ
『BISS』 誌の三本柱の2つ目は、死の扱い方だ。実は、このストリート・マガジンは、これまで7人の販売者の死をみとってきた。そして、彼らのための墓も購入している。
 ヒルデガルドにその場に連れて行ってもらう。緑豊かな林の中に、そのお墓があった。きれいに花が植えられ、死後もいろんな人が彼らを気にかけているのがよくわかる。
 この制度が始まったのには、ある1人の男性が深くかかわっている。
『BISS』誌が初めて販売者の死に直面した時、ヒルデガルドたちは今後この問題にどう直面したらいいのか、考え、読者に問うた。
その文面に心動かされたのが、ルドルフ・モシャマーだ。彼はファッション・デザイナーとして成功していたが、実は父がホームレス状態を経験していた。そんな経緯もあって、ルドルフは、もし自分が死んだら50万ユーロとその利子を『BISS』誌に寄付すると表明したのだ。
こうして『BISS』誌は、路上から墓場まで、販売者とかかわる道を選んだ。
 彼らの墓のある木立の中で、ヒルデガルドは語る。「ある販売者が深刻な病気になった時、今後のことを話し合ったわ。でも、彼は、どうしても死のことを考えられなくて、『どうして今そんな話をするんだ』って怒ったの。私たち、怒鳴りあう喧嘩も何回かしたわね。でもね、最後の最後に彼、『僕は『BISS』のお墓に入るよ。ヒルデガルド、これまでありがとう』って言ってくれたのよ」
 そう言って、ヒルデガルドは泣いていた。ヒルデガルドの目に涙・・・どうすることもできなくて、ただ背中をさする。「ごめんなさい、彼とのことを思い出すと、いつも泣けてきてしまう。彼は本当に私のベストフレンドだったのよ」、そう言って顔を上げたときには、ヒルデガルドの目にはもう涙はなかった。



6月3日 パート1 @ミュンヘン、ドイツ
『BISS』誌といえば、ヒルデガルド。ヒルデガルドといえば、『BISS』 誌。
『BISS』誌の代表を務めるヒルデガルドが、世界のストリート・マガジンのスタッフの間でも有名だ。年一回のストリート・マガジンの総会で会うと、毎年「よく来たわね~」とぎゅぎゅっとハグ。広くて熱い心をもった、頭の切れる女性、そう、それがヒルデガルドなのだ。
 休暇を終えたヒルデガルドと事務所で対面すると、やっぱりあのハグで出迎えてくれた。あー、もうそれだけで涙腺が緩んでしまう。
1993年にドイツ初のストリート・マガジンとして誕生した『BISS』は、ストリート・マガジンの中でもとりわけ安定した組織だと言えるだろう。財政的に持続可能とは言えず、経営破たんしてしまうストリート・マガジンも多い中、『BISS』誌は安定した経営を続けてきた。その秘訣を聞くと、間髪入れず、「それは、常に販売者のことを一番に考えてきたからよ。雑誌の売り上げでもなく、組織を大きくすることでもなくね」とヒルデガルド。初めはその答えが理想主義的に聞こえていたのだが、彼女と1日過ごすと、理想主義が一番現実的で実際的なのだと感じられて仕方なかった。
『BISS』誌の特徴は3本柱に支えられている。1番の特徴は、販売者の中で、『BISS』誌と雇用契約を結んでいる者がいること。『BISS』誌では、雑誌販売を1年ほど続けた時点で、この組織と雇用契約を結ぶかどうかを販売者が選べる。雇用契約を結ぶ場合は、第一段階として、月400冊以上、雑誌を売ることを約束する。これによって、パート・タイムの従業員として、『BISS』誌に登録される。
 月400冊を継続的に売っていける自信がつくと、段階的に600冊、800冊と目標が上がっていき、800冊の段階で、『BISS』 誌のフルタイムの従業員として登録され、月収1150ユーロが得られる。『BISS』 誌のフルタイム販売者さんは、税金も払う。「彼らほど喜んで税金を払う人も珍しいんじゃないのかしら」とヒルデガルド。社会に少しでも貢献できるのが、誇らしいのだろう。46歳のマーティン・ベラソーは、35人いるフルタイム・ベンダーのうちの1人だ。13年前からこの雑誌の販売を続けており、9年前から雇用販売者となった。今では犬のマヤと、フラットに住んでいる。「先日中古のギターを買ったんだ。家に帰ってお気に入りの音楽を聴く瞬間がたまらないね」と顔をほころばせる。


6月2日 @ミュンヘン、ドイツ
 今日はキリスト昇天祭で祝日だと、『BISS』誌のシモーヌから聞いてはいたのです。でも通りを出てみてびっくりしました。こんなにも、どこもかしこも店が閉まっているなんて・・・。
 それで、どこにも行く場所がなくて、暇だったのですが、ふとあることを思い出したのです。ミヒャエル・ゾーヴァという大好きな画家・イラストレーターがいるのですが、彼が挿絵を担当した『ちいさなちいさな王様』(アクセル・ハッケ作/講談社)という絵本のことです。新聞記者の主人公が、ある日「ちいさな王様」と出会い、初めはぎょっとしながらも、次第にちいさな王様の箴言に妙に納得してしまうというお話。「おまえたちの想像の世界はどんどん小さくなっていき、知識はますますふくれあがっていく。そうじゃないのかね?」なんていう王様名言には、読む側も思わずドキリとしてしまいます。
この中で、新聞記者(だったと思う)の主人公が、自分の通勤路を説明する箇所があるのです。それが、確かミュンヘンだったはずです。調べてみると、宿からそう遠くありません。それで、この絵本の主人公の通勤路をたどってみることにしました。
「コルネリウス通りを下ってゲルトナー広場へ、それからブルーメン通りとヤーコブ広場をわたって、ゼレドリンガー通りへつく」・・・
 おおおー、本当に実在するんだ、この通り!と一人大興奮。まばらに通りを歩いている人たちは、何の変哲もない通りで何をこの日本人ははしゃいでいるんだと、奇妙に思ったことでしょう。
この絵本では、主人公が通勤途中、フラウエン通りへ曲がるため信号待ちをしている車の列に青い竜が火を吹くシーンがあります。もしかしたら、私も青い竜に出会えるかも?!そしてもっと運がよかったら、ちいさな王様にも会えたりして?!と気持ちは高鳴ります。
 結局、今日は青い竜には出会えなかったのです。それは、たぶん、今日が祝日だったからでしょう。青い竜もちいさな王様も、さすがに祝日くらい休ませてくれよと、家で休んでいることでしょう。
 

6月1日 @ザルツブルク、オーストリア→ミュンヘン、ドイツ
 昨夜のザルツブルクは荒れて、雷鳴がとどろき、停電に備えて思わずろうそくの用意をしたほど。一夜明けたこの日、小雨の中、ザルツブルグから2時間弱の列車の旅を経て、ドイツのミュンヘンにたどり着いた。
 早速現地のストリート・マガジン『BISS』誌を訪問すると編集部員のシモーヌと販売担当のウベが出迎えてくれた。
1993年に創刊された『BISS』誌は、当初20-30人のソーシャル・ワーカーや教会関係者などのボランティアによって立ち上げられた。創刊号を1万部刷ったもののすぐ売り切れ、3週間後に5万部増刷。人口130万人のこの街にすんなりと溶け込んでいった。
 現代表のヒルデガルドは、94年4月にマネージャーとして『BISS』 誌に参加。2年後には、このストリート・マガジンは、スタッフに給料が支払われるような組織に育っていった。月1回刊で、約3万7千部が発行されている『BISS』誌は、当初から現在に至るまで、政府からの助成金は受け取っておらず、雑誌の販売・広告と市民からの寄付によって運営されている。
現在約100人の販売者が働いているが、そのうち26%が40~49歳、42%が50~59歳、21%が60~75歳で、39歳までの販売者は11%に過ぎない。
というのも、若手が「雑誌販売をしたい」と『BISS』を訪れると、まずは将来につがなるようなスキルが身につくような職業訓練の場を紹介されるからだ。
そんな場の一つが、「Dynamo(ディナモ)」。社会的企業である「ディナモ」では、25年前から、長期失業状態にある人たちのために、自転車メカニックになる職業訓練の場を提供している。
『BISS』の事務所から歩いて15分の「ディナモ」を訪れると、10代から50代までの男女11人が頬ずりしそうなほど真剣に自転車と向き合っている。数えきれないほどの工具と、名前も知らないような自転車の部品が所狭しと置かれている。
 ここに持ち込まれなければ「ごみ」として捨てられていたはずの自転車が、彼らの手で一生モノの宝物に生まれ変わる。そして、長期失業者という烙印を押されていた従業員も、3年半の修業を経てプロの自転車メカニックとして巣立っていく。
 人が真剣に何かに打ち込む姿って美しいなあー、と彼らの働く姿にしばらく見惚れてしまった。