2011年6月2日木曜日



5月31日 @ザルツブルグ
 ミカエラは、12年間この地のストリート・マガジン『アプロポ』の編集に携わってきた。「2年前にオーストリアでジャーナリストに贈られる権威ある賞を受賞した時はもちろんうれしかったけれど、でも一番の喜びは、やっぱり販売者から得るものなのよね」と語る。
 一番うれしいのは、販売者が助け合う姿を目撃すること。「ルイザっていう販売者がいるんだけど、別の販売者のリュックサックが破れているのを見て、『これ、使いなよ、いいの見つけたからさ』って、バザーで買ってあげたり、助け合う姿を見ると、『あぁ、美しいなぁ』と思って元気をもらうのよね」
『アプロポ』では、最近、別冊の本を出した。その本のテーマは、「あなたにとって『ホーム』とは何ですか?」。15人の販売者にこう質問し、それぞれが自身の半生を語ったり、ホームへの思いをフィクションという形で織り込んだりし、撮り下ろしの写真とともに発表した。
「馬の背に乗ると、『ホーム』を感じます」という人がいれば、「母に会ったことがないから、いつも母を探しているよ」という人もいる。またある人は、「ホームは、僕の心の中にあるよ」と語る。
「ミカエラにとって、ホームって?」、同じ質問を彼女にぶつけてみた。「そうねぇー・・・」しばらく考えた後、こう答えた。「私も、1人の販売者さんと同じ答えね。ホームは私の心の中にある。私の愛する人たちが、私にとってのホームかな」
5月30日 パート2 @ザルツブルグ
ザルツブルグでは、現地のストリート・マガジンのスタッフミカエラの友人、モニカのアパートに泊まらせてもらっている。モニカの家にはロシア語の本がいっぱい。聞けば、ロシア語を勉強しており、何度かサンクトペテルブルグに行ったことがあるという。さらに聞けば、ウィーンの出身で、第2次世界大戦後ウィーンが大国(英、仏、米、露)に4分割された際、モニカのおばあさんはロシア地域に住んでいたのだという。ドレスをつくる仕事をしていたモニカのおばあさんの店に、ロシア兵の妻たちがよく集い、交流をしていたそうだ。
まさに、グレアム・グリーンの『第三の男』の世界。そう告げると、「そうね。ウィーンに行けば、『第三の男』ツアーが今でもやっているわよ。地下に潜っていく、あのシーンを地で行けるわよ」とのこと。残念ながら閉所恐怖症であることを告げると、笑われた。


5月30日 パート1 @ザルツブルグ
 オーストリア、ザルツブルグで販売されている『アプロポ(Apropos)』は、現地のNPO「Sozialen Arbeit GmbH(以下、SA)」が母体となって、97年に創刊された。SAは、長く失業状態にある人や、ホームレス状態にある人に職を提供する目的で立ち上げられたものだ。『アプロポ』の事務所もある「SA」の建物の1階ではレストランが運営されており、ここでも何人か、長期失業状態だった人が雇用されている。
創刊から14年の時を経て、『アプロポ』は、人口15万人のこの街で月に約1万部を発行しており、着実に人々の心をとらえている。実際、バス停でたまたま隣で座って待っている学生さんや、ふらりと寄った本屋さんで「『アプロポ』って知ってますか?」と聞くと、「あぁ、あの街角で売っている雑誌でしょ、買ったことあるわよ」と即、答えが返ってくる。
 現在『アプロポ』は編集長のミカエラと編集部員のアーニャ、販売担当のハンスが正規スタッフで、あとは学生インターンやボランティア、またフリーランスのカメラマンやデザイナーによって運営されている。「SA」を通して、今年は国から7万ユーロの助成金を受けたという。
事務所を訪れると、朝のひと仕事を終えた販売者のアンドレアとゲオルグ&エヴェリナ夫妻がお茶を飲んでくつろいでいた。
アンドレアは、今もザルツブルグ旧市街周辺の山にテントを張って住んでいて、野草に詳しい。「Dost(オレガノ)は血液の循環をよくしてくれて、Johanniskraut(セント・ジョンズ・ワート/セイヨウオトギリソウ)は、神経をしずめてくれるの。Brennessel (イラクサ)は、体内をきれいにしてくれるわよ。私はよくこれらをお茶にして飲んでいるの」。元先生だけあって、教えるのと勧めるのがとても上手だ。
 ゲオルグ&エヴェリナ夫妻は、路上で知り合い、今年4月、4度目の結婚記念日を祝った。アルコール依存症、路上生活、犯罪、刑務所生活・・・と彼らの人生は決して平たんではなかったけれど、こうして寄り添ってたたずむ2人を見ているだけで、こちらの心も和む。失ってもまた取り戻せるし、壊れてもまた1つずつ積み上げていけばいい―――言葉で言うのは簡単だけど、そうやって実際に生き抜いてきた人を目の当たりにすると、なんだか本当に生きていく勇気をもらう。
 ゲオルグ&エヴェリナは、最近市民ラジオでラジオ番組の制作を始めた。ワークショップを通してラジオ番組制作の基本を学び、月1回自身の声を発信している。
「これよ、ほらエヴェリナの声!」、『アプロポ』編集長のミカエラが叫び、自身のパソコンにダウンロードしている彼らの番組を聞かせてくれる。その横顔は、とてもうれしそうで誇らしげだった。


5月29日 @パリ→ザルツブルグ、オーストリア
 移動日は出鼻からくじかれた。フランスからマンハイムに向かう高速列車TGVが1時間の遅れ。車内はため息と苦笑でいっぱいになった。
 結局、3本の電車を乗り継いでオーストリア、ザルツブルグに着いたのも、予定の1時間遅れの19時。朝の9時にパリを出て、実に10時間の電車の旅となったが、車窓の緑や草食む牛や羊の群れが、時間を感じさせなかった。
 ザルツァッハ川左岸に発達したザルツブルグ旧市街は、メンヒスベルク山の山頂のホーエンザルツブルグ城をはじめ、まるでおとぎ話の世界のよう。中世の街並みを通り抜けてきたそよ風に吹かれていると、自分もおとぎ話の登場人物になったような気分にさせる。
ストリート・マガジン『アプロポ(Apropos/ドイツ語で「ところで・・・」という意味)』の編集長ミカエラとともに、オーストリア料理「Gerösteter knödel(ゲオステタ・クヌーデル/団子料理)」をつつきながら、ザルツブルグ最初の夜は更けていった。

5月28日 @パリ
 元同僚のMさんと会う。彼女の今の仕事場であるパリの日本語学校に出向くと、生き生きとした笑顔で出迎えてくれた。
 あのサルトルも通いつめたというサンジェルマン・デプレ(Saint German des-Pres)の「カフェ・ドゥ・フロール」で互いの近況報告。ベルビル(Belleville)のベトナム料理屋でフォーをすすり、宿近くのバーでグラスを傾ける頃には、人生を語り合っていた。今日の名言「自分に誠実でないと、人に誠実になれない」。彼女のこの言葉に深くうなずく。
 ともに仕事をしていた時には目の前のやるべきことをこなすのに必死だったけれど、時間・空間をこえてこうやってまた出会えて、語り合えてよかったな、と素直に思った。


5月27日 パート2 @パリ
『マカダム』誌は、自身の事務所をもたない。なので、パリ、リヨン他フランス全土の15カ所で、NPOの事務所の一角を借りて販売拠点にしている。
 パリの販売拠点は、地下鉄8号線の「St-Sebastian Froissart」を降りて徒歩10分。1945年以降、貧困をなくすために活動を続けるNPO「Secours populaire français(セコール・ポピュレール・フランセ)」が場所を提供してくれている。
キャロラインと事務所に到着すると、すでに学生インターンのクレモントが販売者さんの対応に追われていた。今日は新号の仕入れ日。ひっきりなしに販売者さんがやって来る。
新号はGrand Corp Maladeが表紙を飾る。スラマー(ラップとポエトリー・リーディングの中間のような、スラムドポエジーを歌う人)で、刑務所でスラムのワークショップをしたりと、話題の人だという。
キャロラインによると、『マカダム』誌の販売者さんはホームレス状態の人はそれほど多くなく、家はあっても生活が成り立たない貧困に苦しんでいる人が多いという。
フィリッペ・ムイヤード(44歳)は、『マカダム』を販売し始めて、1年半になる。「『マカダム』誌は、販売者に販売場所を割り当てないから、どこで販売してもいいことになっているんだ。だから、今日はどこそこで大きなイベントがあるって聞いたら、そっち方面に出かけて行ったり、売る場所も工夫しているんだよ」とフィリッペ。
7歳と14歳の子どもたちと妻がいるフィリッペは、「生計を立てるには、1日30~40冊は売りたいよね」と語る。「『マカダム』は、記事がポジティブでおもしろい。自分は何者でもない、何の力もないと感じることも多いけど、そんな自分でも何かできる!と思わせてくれる雑誌だよね」

5月27日 パート1 @パリ
地下鉄で、スリに遭いかけた!
乗り換えのため階段を上っていると、なんだかリュックが持ち上がったような気がする。ぱっと後ろを振り向いても10歳前後の姉弟がいるばかり。先を急ごうと足を踏み出すと、またリュックが持ち上がる。やっぱりおかしい! 背負っているリュックのポケットに手をやると、チャックが半ば開き、財布が顔をのぞかせていた。
思わずその姉弟に「何か取った?!」と聞いていた。まったく表情を変えずに、無言で首を横に振る。リュックを前に持ちかえて、駆け足で階段を上った。心臓が早鐘になっていた。 
あわてて飛び乗った地下鉄で、また事件が起こった。今度はスーツの若い男性2人組がマイク片手にパフォーマンスを始めた。ダンサブルな音楽とともにスーツを脱ぎ始めるお2人さん。それを苦笑とともに眺める乗客たち。次の駅が目的地で、あえなくパフォーマンス途中で下車したけれど、こんな「事件」なら大歓迎と思ったのだった。