2011年4月21日木曜日



4月18日 @ソウル
 永登浦のアジュシたちは「アン・ドゥ・トゥロア」してるだけでは飽き足らない。今日は8月21日からパリで始まる「ホームレスワールドカップ」(以下、HWC)に向けてフットサルの練習。HWCとは、ホームレス状態の人だけが参加できるフットサルの国際大会のこと。
 体格のいい大学生の本気攻撃に「大丈夫か?」と何度もハラハラしながらも、エンジンがかかってくるとアジュシたちも負けていない。右サイドが攻撃に繰り出すと、キーパーまで前線に飛び出し攻勢をかける。シュート! だが、わずかに左にそれる。こぼれ球を押し込み、記念すべき初ゴールとなった。
 2時間半で5対1。だが、相手のゴールにも「拍手!」と喝采する、世にも不思議なあったかいフットサル・マッチだった。


4月17日 @ソウル
 映画『リトル・ダンサー』('00)は、英国北部の炭鉱町エヴァリントンに住む少年がバレエに目覚める話だったけれど、永登浦(ヨンドゥンポ)のアジュシ(おじさん)たちも最近バレエに目覚め始めたらしい・・・そんな噂を聞きつけ、練習場所に駆けつけてみた。
 すると、いましたいました、すらりと足を伸ばしたバレリーナの横で、「アン・ドゥ・トゥロア」と動くアジュシたちが。
 これは、ソウルバレエシアターの常任振付師ジェイムズ・ジョンさんが「ビッグイシュー・韓国」の販売者さんにもちかけて実現したコラボ企画。なんと販売者さんたちは、2011年12月30日に予定されている公演で「くるみ割り人形」に出演するのだという!
 マイムの時間には、手の甲を顔の輪郭に這わせて「あなたは美しい」、また両手を胸に当てて「あなたを愛しています」と身体の動きと表情だけで思いを伝える。おっちゃんたちのごつごつした指先から、閉じた目元の真摯さから、メッセージがにじみ出る。約3時間の練習の後には、心地よい熱気とアジュシたちの充足した顔があった。
 バレエ練習の後は、漢江の中洲、汝矣島で行われている桜フェスティバルの「ビッグイシュー・韓国」ブースを手伝いに。桜吹雪のなか、屋台のポンテギ(蛹を蒸し茹でて味付けしたおつまみ)と綿菓子で「ファイティン!(がんばろう!)」とエネルギー補給しながら、リーフレット配りにいそしんだ。ストリート・ミュージシャンのサックスの音が耳に心地よい、春の1日となった。



4月16日 パート1 @ソウル
今日は週に1度の『ビッグイシュー・韓国版』の販売者会議の日。10時過ぎに「ビッグイシュー・韓国」の事務所を訪ねると、カバンが整然と並べられ、すでに会議が始まっていた。グー・ボンチュンら見知った顔を見つけて、目であいさつする。
 会議では、5月から月2回刊になることの発表や、新人販売者さんの紹介があった。先週ビッグイシューを訪ねてきた新人販売者さんは、なんと21歳。プサンからソウルへ出てきたところを、ビッグイシュースタッフに見つけられて、販売者となった。2週間のトレーニングを経て来週から正式に販売者さんと登録される予定だ。





4月15日 @ソウル
 ビッグイシュー・韓国(以下、TBIK)は、「ストリート・エンジェル」(以下、SA)のメンバーが母体となって始まった。SAで5年間働いた後、現在TBIKでセールス&マネージメントの部長をしているのが、ジン・ムードゥさんだ。
 ジンさんは、SAで働き始める前は、富士ゼロックスでエンジニアをしていた。それがなぜ、炊き出しをするホームレス支援団体へ転職したのか、素朴な疑問をぶつけてみた。
「エンジニアをしながら、ボランティアでSAで働いていたんですが、そこの代表に『ぜひ、うちで働いてほしい』と頼まれたんです」
 安定した職を捨ててSAで働くことにフィアンセと両親は大反対。でも、SA代表の言葉に心動かされたジンさんは、結局SAで働く意思を曲げなかった。
 SAで働きながら目の当たりにしたのは、ホームレス状態の人が人間として扱われていない現状だ。政府はただ彼らを牢獄のようなシェルターに閉じ込めてたらいまわしにするばかりで、囚人のように扱っているとジンさんは語る。
 そんな時に知ったのが、ビッグイシューという雑誌の存在。これなら、ホームレス状態の人々への数々の偏見の解決策になるような気がした。そして、1年ほどの準備期間を経て、2009年7月、『ビッグイシュー・韓国』は創刊された。
 2年弱の時を経て、ビッグイシュー・韓国は周囲のNPOや一般市民から信頼を得つつある。ジンさん自身も4年の説得の時を経て、昨年無事フィアンセと結婚した。
政府の統計では5500人のホームレスが存在するといわれているが、それはソウルにあるシェルターの数をカウントしたに過ぎないという。ネットカフェやコシウォン(考試院)、チムジルバン(24時間営業のスパ)などを寝床とする不安定な住居に住む人も“ホームレス”とカウントすると、その数は2万人~10万人にのぼるのではないかというジンさん。TBIK創業の日から休みなく働く日が続く。








4月14日 パート2 @ソウル
 ビッグイシュー・韓国(以下、TBIK)の事務所の周囲は果物市場が立ち並び、アジュンマ(おばさん)やアジュシ(おじさん)たちの活気が夜遅くまで感じられる。だが、事務所から歩いて10分ほどのところに、数年前「タイムズスクエア」というきらびやかな巨大ショッピングモールができた。
 ビッグイシュー・韓国のセールス&マーケティング部門で働くキム・ヨンファンは、「あの建物はなんだかモンスターみたい」と語る。確かにその姿は、平屋建ての建物の背後から襲いかかる怪獣のよう。そして、なんとその“怪物”の真裏に、ソウルで6つあるスラム街のうちの1つがあるという。
 ヨンファンにスラム街に連れて行ってもらうことになった。真っ白で、清潔で、無機質なタイムズスクエアから1つ横断歩道を渡ると、そこは別世界だった。もう何年も使われていないような自販機や傾いた屋根。炊き出しの列に、路上で語り合うアジュシたち。薄汚れていて、崩れかけていて、でも人間の生きるパワーが充満している世界。訪れる者に、否が応でも汗や涙や喜怒哀楽や人生を感じさせてしまう。
 再び戻ったタイムズスクエアが、なんともうそっぽく、空々しく見えてしかたなかった。
 事務所までの帰り道、ヨンファンに、なぜTBIKで働こうと思ったのか聞いてみた。大学で福祉を専攻していたというヨンファン。福祉は二の次で、利益や成長を続けることを優先させる国のやり方に、ずっと疑問を感じていたという。「今の国のやり方を変えたい、社会のありかたや考え方を抜本的に変えたいと、ずっと思っていました」。その延長線上にビッグイシューがあった。
 夢は自ら社会的企業を立ち上げることだというヨンファン。TBIKの事務所で販売者のアジュシたちと語り合う姿に、夢実現の片鱗を見た。 

2011年4月14日 パート1 @ソウル
ビッグイシュー・韓国の販売者は、総勢37名。ほとんどが50-60代の男性だが、その中にも若干20-30代の販売者が存在する。
そのうちの1人が鐘閣で販売するグー・ボンチュン、35歳だ。シャイなボンチュンだが、少し言葉を交わすとその温かい人柄がにじみ出てしまう。
7人兄弟の末っ子だというボンチュン、30歳で自立したいと家を出た。ソウルに出てきて、ずっと日雇いで生計を立てていたが、身体を壊し路上へ。永登浦で炊き出しを行う「トーマスハウス」でビッグイシューのことを知り、販売者に志願した。
そんなボンチュンの宝物は、あるメダル。なんと彼は去年、ブラジルはリオデジャネイロで行われたホームレスワールドカップ(以下、HWC)に出場したのだ。HWCとは、ホームレス状態の人しか選手登録できないフットサルの国際試合のこと。03年に始まり、今年8月21日から28日に予定されているパリ大会には64カ国が参加するといわれている。(http://www.homelessworldcup.org/ )
ボンチュンによると、リオでは1勝10敗だったが、通りで子どもたちにサインを求められてうれしかったと話す。いつもは路上で「存在しないもの」とされているから、と。
今も週1回のフットサルの練習に参加しているボンチュン。フットサルが自尊心を取り戻させてくれたと笑顔を見せた。




4月13日 パート2 @ソウル
ソウル市内で土曜日以外の週6回炊き出しを行っている団体、それが「ストリート・エンジェル」だ。97年、IMF危機により経済が急激に冷え込んだこの国で、ホームレス人口が激増したといわれる。その97年からもう約14年、「ストリート・エンジェル」はその活動を続けている。
夜10時、事務所には20名近い大学生や教会関係者らボランティアが集まり、炊き出しの準備が始まった。炊飯器からは白い湯気が上がり、おでんの香りが部屋に立ち込める。
料理をバンに積み、事務所を出発したのは、深夜近く。まずは地下鉄の市庁駅に到着。階段を下りると、すでに50名近い人が列をなしていた。ほとんどが50-60代の男性。ちらほら若い男性も見受けられる。一様に暗めの色の服に身を包み、大きな荷物を背負っている。
日頃せわしげに人が行きかうソウル市のど真ん中で、深夜の夕餉が繰り広げられていることを、どれだけの人が知っているのだろう。列の最後の1人がお椀を受け取り、ふと気づくと、列に並んでいた人並みはいつのまにか散り散りに夜の闇へ消えていた。
市庁駅から2号線を2駅進んだ乙支路3街駅では、炊き出しの列のはざまで「ストリート・エンジェル」現代表のチョ・ジュンヒさんが、1人のホームレスの青年と話し込んでいた。堰を切ったように前のめりに話し続ける青年と、文字通り耳を傾けるジュンヒさん。
こらえきれず青年が涙をこぼすと、ジュンヒさんは青年の鼻水をぬぐった。そんな2人の姿を見て、光る鼻水を、心の底から美しいと思った。地下でひしと抱き合う姿は、なんだかそこだけスポットライトが当たったようで、どんな名画や世界遺産に登録されている景色よりも神々しく、「生きる」というタイトルがふさわしい彫刻のようだった。